◆はじめに
筆者は、2020年5月から内閣府知的財産戦略推進事務局の参事官補佐を兼務しています。 現在、同事務局では「デジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォース」を立ち上げ、デジタル時代の実態に応じた著作権制度及び関連政策の在り方について検討しています。同タスクフォース(TF)で扱うテーマは多岐に渡りますが、本コラムでは、その中でも特に重要と思われる「UGC」について、TFでの議論の状況を報告しながら筆者なりに考えてみたいと思います。◆UGCを検討するに至った経緯
新型コロナ感染症拡大の影響も相まって、巣ごもり需要と相性の良いYouTubeやSNS等の投稿型サイト等のプラットフォームでは、ユーザーによって生成されたコンテンツ(User Generated Contents、UGC)が急増しています。こうしたUGCの多くは、既存の第三者の著作物を素材としています。そのため、UGCを制作・共有する際には著作権等の権利処理が必要となり得ます。
UGCに関しては、2011年に文化審議会著作権分科会の契約・利用ワーキングチームで既に議論されており、報告書として一定の見解が示されています。そのため本テーマに関する議論はここ最近始まったものではありません。しかし、あれから約10年が経ちました。今ではスマホ・タブレット等の電子端末や第5世代移動通信システム(5G)が普及し、著作物等の複製、改変、拡散は益々容易になっています。また、UGCのもたらす影響力は、以下でも少し触れますが従来よりも格段に上がっています。こうした状況を踏まえ、政府で今後UGCとどう向き合っていくべきかを再度検討することとなりました。
◆UGCの影響力と議論の方向性
近時のUGCは、楽しむ、味わう、といった表現物としてのみならず、それを利用者同士で共有するコミュニケーションツールとしても活用されています。例えば、17LiveやShowroomなどの動画投稿サイトでは、歌ってみた、踊ってみたなどの投稿動画に対して視聴者がコメントを投稿したり投げ銭やギフトを投げたりしています。
また、UGCをきっかけに新たな人気アーティストが生まれています。例えば、音楽ユニット「YOASOBI」が2020年紅白歌合戦で披露したデビューシングル「夜に駆ける」は、ソニーミュージックが運営する小説&イラスト投稿サイト「monogatary.com」に投稿された小説「タナトスの誘惑」(著者星野舞夜)を原作として作詞・作曲されています。まだ読まれていない方は一読してみてください。小説の表紙から何となく内容を予想できるかもしれませんが、その後に公式ミュージックビデオを視聴されると受ける印象がかわるのではないかと思います。
ユーザーの創造力により奇抜なUGCが生まれることもあります。以前、クリプトン・フューチャー・メディアが公表したキャラクター「初音ミク」からは、ユーザーによって長ネギを持った幼少キャラ「はちゅねミク」が生まれました。現在、同キャラクターは、フィギュアやコミックなどとして商品化されています。
UGCの影響は数字にも現れています。例えば、経産省が公表したUGCに関する調査(令和元年度委託調査)によれば、n次創作活動によりクリエイターが得ている収入(顕在市場)は年間約1兆2千億円程度と推計されています。また、同調査では、作品の創作や公開・販売に至っていないクリエイター及び潜在クリエイターによる潜在市場は、年間1兆4千億円程度と顕在市場を超える額が推計されています。
このように、UGCは素材とする作品やクリエイターの可能性を広げるとともに、様々な側面で外部経済効果をもたらしています。こうした状況を踏まえ、TFでは、UGCを含む著作物をなるべく円滑に流通・活用させる方向で議論を進めることとなりました。
以下、TFで提起されたUGCに関する課題のうち重要と思われるものをいくつかご説明いたします。
星野舞夜「タナトスの誘惑」 | YOASOBI「夜に駆ける」 Official Music Video |
Crypton Future Media, Inc. 「初音ミク」公式イラスト | 風原ゆうさん 「はちゅねミク」 投稿イラスト |
◆現状と課題
(1) UGC創作等に伴う重い法的責任
UGCは大きく3つに分類することができます。①ユーザーによるオリジナル作品、②ユーザーによる第三者の作品のコピー(又は新たな創作性の加わっていない)作品、③ユーザーによる二次創作物です。現状のUGCは③に該当するものが多いと思われます。その上で、著作権法上、当該UGCを創作する行為は「翻案」(27条)に、これを投稿サイト等にアップロードする行為は「公衆送信」(23条、28条)に該当し、原則として著作権者の許諾が必要となります。なお、UGCの素材とされた作品によっては実演家やレコード会社など著作隣接権者の許諾も必要となり得ます。
仮に、権利者の許諾なくしてUGCを制作・投稿すると著作権侵害が成立し、民事責任(差止め、損害賠償など)や刑事責任を負う可能性があります。後者については最高10年以下の懲役または1000万円(法人の場合は3億円)以下の罰金、若しくはその併科という重い刑事罰の対象となります(119条、124条1項1号)。この著作権侵害罪は、原則、親告罪(告訴を起訴の条件とする犯罪)であることや、捜査機関の良識によって実際の適用範囲は限定されているように思います。しかし、TFでは著作物の利用目的や利用態様を問わず、一律に重い刑事罰の対象とするのはやや行き過ぎではないかという意見が出されています。
(2) 勇敢な(?)ユーザーと権利者のやや曖昧な対応
前記の通り、権利者に無断でUGCの創作等を行うと重い法的責任が生じ得ます。それにも拘らず、権利者の許諾を得ずにUGCを制作・投稿しているクリエイターは少なくありません。経産省の前記調査によればn次創作により収入を得ているクリエイターのうち、40%は原著作権者の許諾を得ていないと回答しています。
なぜでしょうか。理由の1つとしてユーザーが、「UGCは権利者に対するリスペクトである」、「作品の宣伝になるため権利者が喜ぶだろう」といった心理を持っていることが考えられます。
もっとも、その背景には権利者がユーザーの当該行為に対して明確な意思を示していない事情があるようです。権利者としては、著作物等の無断利用を許さないのが原則と思われます。ただ、UGCによっては自社サイトやCMで広告するよりも高い宣伝効果を得られる場合があります。また、UGCをきっかけに形成されたファンコミュニティーに水を差すことでファンから批判を受ける可能性もあります。こうした状況を踏まえ、権利者はユーザーによる著作物の利用を黙認しているケースがあります。なお、正式に許諾を出すと後に(許諾範囲を超えた理由であるかを問わず)権利者にとって好ましくない態様で利用されるのではないかといった不安から、正式に許諾の問い合わせを受けたらNGを出すこともあるようです。
このように、私たちが投稿サイト等で様々なUGCを視聴することができているのは、重い法的責任を覚悟した勇敢な(?)ユーザーと権利者のやや曖昧な対応のおかげともいえそうです。こうしたUGC文化が当事者の理想とする形であるならば、政府としては静観するといった選択肢もあり得るかもしれません。
しかし、近時はこの状況をややこしくしている事例が報告されています。例えば、ユーザーの中には、ファンコミュニティーやクリエイターへの嫌がらせを目的に、権利者に侵害通報する者がいるようです。そうすると、権利者としてはこの権利侵害にどう対応するかの判断に迫られます。仮に真っ向から権利行使すればファンとの良好な関係がこじれ、炎上に繋がる可能性があります。かといって、そのままUGCを放置していると正式に許諾を出したと受け取られることが懸念されます。このような実態を踏まえると、やはり何らかの手当てが必要であるように思われます。
(3) 権利処理手続きの煩雑さ
ユーザーが許諾を得ない理由は他にも報告されています。権利処理手続きの煩雑です。手続きが煩雑化している原因はいろいろ考えられますが、その一例として、作品に複数の権利者が関与していることが報告されています。例えば、アニメや実写映画などには、その作成過程に脚本家、原作家、実演家、作詞作曲家などの様々な権利者が関与していることがあります。これらの作品の権利は一般に製作委員会の委員等によって管理されていますが、ユーザーが許諾申請の担当窓口を見つけることは容易でないことが多いようです。
◆UGCの創作等を進める取組み
(1) 法制化
前記の通り、現行法上、UGCの創作等に伴う法的責任が重いことから、TFでは刑事罰の量刑を狭める又は著作権侵害罪の構成要件を限定するといった案が出されています。
この点に関しては他国の取組状況も紹介されています。例えば2020年2月、韓国は、著作権法の全部改正をはじめとする4大戦略目標を盛り込んだ中長期ロードマップ「著作権ビジョン2030 -文化が経済になる著作権強国-」を発表しました(参考和訳)。同ロードマップには、主要課題として「第四次産業革命時代の著作権基盤の造成」が記載されており、そのうち「時代を反映した法・制度の整備」の措置として、軽微な侵害の刑事罰を除外することが明記されています。
その他、2019年6月、EUでは、「デジタル単一市場における著作権指令」(EU指令)が施行され、加盟国は効力発生から2年後の2021年6月7日までに国内法を整備することとされています。EU指令17条では、オンラインコンテンツ共有サービスプロバイダのユーザーが、著作権で保護された著作物等をアップロードし、当該プロバイダがその著作物に公衆がアクセスできるようにした時は、当該プロバイダが、著作物等を公衆に伝達し、利用可能にする行為を行ったと規定されています(17条1項)。そのため、プロバイダは権利者から許諾を得なければならず、許諾を得ていない場合は、同指令に規定する措置を取らない限り著作権侵害の責任を負うこととされています(同4項)。
なお、TFでは紹介されていませんが、カナダは2012年の著作権法改正により、権利者に許諾なくしてUGCの創作等を可能とする規定を設けています(カナダ著作権法29.21(1))。当該規定の適用を受けるには、非営利目的であることや著作物の市場に実質的な悪影響を与えないこと等の条件に従う必要はありますが、営利企業などの仲介者(プラットフォームなど)を通じてUGCを頒布することが許容されています。
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https://www.kottolaw.com/column/210128.html