アート思考とは何ものだろうか。
そもそもアートとは何か
ヒトは太古の昔から、洞窟などに捕った動物や神々を描いてきた。描く、という行為はヒトとなったその時から始まったといえる。
ただ、人々は洞窟を飾るためにそれらの絵を描いたのだろうか。それらは素朴に神に多くの獲物を獲らせてほしいと願う行為だったのだろうか。
アートの範囲を広げてしまうと、我々の存在する世界そのものがアートだらけということになってしまう。人間の手が加わったものがアートであるならば、数学のノートを取るとき公式のために引いた一本の線すらアートであり、そもそもそのノートのケイ線すらアートであり、ノートブックそのものもアートになる。座っている机やいすもアートだし教室も黒板もチョークの文字もアート、きっちりとネクタイを締めた厳格な数学教師の姿すらアート、いや、今まさに生きている我々が、生きているアートと定義づけられてしまうのだ。
ここでようやく「アート思考」という言葉が生きてくる。
アート思考とは、アートを分かりやすく定義するための言葉である。
人が「アートであれ」と規定して生み出したものがアートという意味にまで縮まる。これでようやく、人の手が加わったもの=全てアートという呪縛から逃れられるのである。
シェフがおいしく焼き上げ、よりおいしそうに見せるため、ソースのかけ方や美しく飾り切りした添え物野菜まで気を配ったステーキの一皿と、チェーン店でアルバイトスタッフがマニュアル通り順番にごはん、肉、ソースをのせただけのステーキ丼、どちらがアートであるか。
アートとはそういうものである。
①ビジネスにおけるアート的思考
さて、ビジネスシーンでももちろんアート的思考をすべき場面は多々ある。
商品開発において、どのようにすれば顧客が手に取りやすいか。目を引き、数ある商品の中から選んでもらえるか。それを考えるとき、真っ先に必要になるのがアート思考である。
アイキャッチと言い換えたほうがよいだろうか。当然のこと、商品の品質はもとより内容も新鮮である必要はある。品質、内容に新味またはほかのメーカーの商品より優るものがなければリピートは付きにくい。だが最初はどうしてもアイキャッチ効果が必要である。
そのようなアート思考を行っていくために必要なものはなんであろうか。
会議で現状の商品を並べて考えるだけでよいのだろうか。
ただ漠然と考えているだけではよいアイディアは生まれない。必要なのは「ひらめき」である。これは固定概念では生まれない。
具体的に述べてみよう。
②日本初の新幹線はなぜブルーのカラーリングになったか
東海道新幹線の就業前の話である。時は日本初のオリンピックである東京オリンピックを控え、日本国内のインフラを整えるべく、これも日本初である東海道新幹線を走らせることになった。
もちろん、日本初の超高速鉄道である。話題性は十分だ。
だがそれに新味のある要素を付け加えたい。それは列車のカラーリングだった。
会議が開かれ、超高速鉄道にふさわしいカラーを皆で考えることになったが、その机の上に、当時新発売になったばかりの国産たばこ「ハイライト」があった。
「このブルーはいかがでしょうか?」
ハイライトは全体的に水色で、目立つ白抜きのロゴが大きく配置された、当時としてはしゃれたデザインだった。それを見てひらめいたスタッフがいたのだった。
それはいい、と皆が口々に言った。在来線は茶系統、特急も赤のラインが多かったが、ブルーのラインの列車などだれも思いもよらなかった。ブルーの列車には、新幹線という次世代の乗り物にふさわしい新鮮さ、スピーディーさがあった。
これで、初代新幹線「0系」は、白地にブルーのラインのスタイルになったのである。そして東海道新幹線では、このカラーリングは今も引き継がれている。
③ロングセラーの意味とアート的思考
パイン株式会社に「パインアメ」という商品がある。戦後まもなく、当時高級品で憧れの的だった「パイナップル缶詰」の味を飴で再現しようと作られたもので、缶詰の味わいが安価な飴で味わえるとして当時はかなり話題になったようである。
天然果汁を用い、令和の今もコンビニ等で気軽に手に入る飴である。パイナップルの缶詰がすでに庶民の手が簡単に届く価格になっているのにもかかわらず、「変わらない」ことで顧客層を離さない。
しかし、パイン株式会社は決して「パインアメ」に居座ってはいない。
ファミリーマート限定、期間限定で様々なフレーバーの飴をリリースし続けているのである。
「キウイアメ」「スイカアメ」「スモモアメ」など、枚挙にいとまがない。共通しているのは天然果汁を使った穴あきの飴だということだが、これが人気なのだ。
パイン株式会社は、老舗のアイディアの上に居座っているのではない。
絶えず新しいもので「攻めている」のである。
デザインは「パインアメ」と同じロゴフォントと袋の中央に窓というデザインを使用しているが、毎回イラストは違う。
老舗のデザインを利用して、かつそこに新しい親しみやすいアートを上書きしてかえってアイキャッチ効果を生み出しているのである。
ブランド力と言い換えてもいいかもしれないが、従来のデザインを踏襲しつつ新味をだすという手法には、アート思考が必要である。
④アート思考に必要な「ひらめき」を得るには
ひらめきを得るためには、新人のようなまっさらで柔らかい発想が重要だと言われる。
ただ、まったくの白紙の状態ではよいひらめきは得られないことは理解しておいたほうがいいだろう。「若い人の発想を大事にしたい」という経営者の声をよく耳にするが、果たしてそれだけでいいだろうか。
経験は、ひらめきを邪魔する固定観念を生み出すものであるが、抽象画家が決して美術の基礎を学ばずにその境地にたどり着いたわけではないのと同じように、学んだ上の「ひらめき」こそが真のアート発想であり、学び続けることで柔軟性を維持していくのが好ましい。
今こそ、あなたのアート思考能力が問われる時だ。
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