「『ムーンショット目標1』達成の鍵を握る、サイバネティック・アバターの魅力と課題  ~前編:CAについて & 身体・脳の制約から解放された場合~」


 

2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

  これは、2020年1月23日、内閣府の総合化学技術・イノベーション会議が、ムーンショット型研究開発制度において目指すべき目標の1つである「ムーンショット目標1」として掲げたものです(内閣府ムーンショット目標1)。ムーンショット型研究開発制度とは、人々を魅了する野心的な目標(ムーンショット目標)を国が設定し、挑戦的な研究開発を推進する制度です。現在、ムーンショット目標は9つ設定されています(内閣府ムーンショット目標)。今回は、この「ムーンショット目標1」を達成する鍵を握る、サイバネティック・アバターについて考えます。  

1. サイバネティック・アバター(CA)とは

CAとは、身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターを指しますが、これに加え、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含みます。後者には所謂サイボーグ技術も含まれます。 CAにおけるロボットと、従来議論されているAI・ロボットとの違いは、前者が自分自身であるのに対し、後者は第三者である点です。CAを使って得た知識経験は自分のものとなり、自分の記憶やスキルとして蓄積されます。 政府及び研究機関は、このCAによって、人々が能力を最大限に発揮し、多様な知識経験を共有することのできる社会づくりを進めています。具体的には、以下のようにCAが普及した生活様式を段階的に実現することを予定しています。

サイバネティック・アバター生活(内閣府「ムーンショット目標1」より抜粋) ・2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。 ・2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

 

2. CAでできること

CAが社会に普及したら何ができるようになるのでしょうか。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が、そのイメージ図を公表しています(下図)。  

JST「プログラム紹介 ムーンショット目標1

  四角い顔のキャラクターがたくさん見えますが、どれも人が憑依しているCAです。少し覗いてみましょう。 右上のCAは宇宙旅行をしているようです。このようにCAに憑依すれば大気圏外にでることができます。その下のCAは、3D映像アバターとして遠隔でコンサートに参加しています。演者もCAなのでしょう。こちらのCAは四角い顔のキャラクターとは異なり、容姿を自分や望むスタイルにアレンジされているようです。CAを使えば自由に容姿を変えて活動することができるのです。更にその下では、複数のCAを操作してアートを作ったり、CAと人がサッカーをしたりしています。年齢や障碍に関係なくCAによってアートやスポーツを楽しむことができることが描かれています。中央下では、人がプロアーティストの感覚を自分にインストールして自身の才能を拡張しています。 その上は、驚きました。小さなCAが患者の体内に入り治療しています。これなら手術等に伴う身体の損傷を軽減することができそうです。その他、左上の山では立入ることが難しそうな災害現場でCAが活動しています。    

3. CA社会で想定される課題

いかがでしょうか。SF小説を紹介しているわけではありません。既に研究機関は、こうしたテレイグジスタンスを主とした社会をサイエンスファクトにすべく、開発を進めています。政府も(他のムーンショット目標を含みますが)、ムーンショット型研究開発制度のために、2018年度予算で1000億円、2019年度補正予算で150億円を計上しています(内閣府「第1回 ムーンショット型研究開発制度に係る戦略推進会議 資料2(3頁))。 CA社会が実現すれば、今まで諦めていた目的や夢が無理なく叶えられるようになるかもしれません。文化、経済、産業、慣習は一変するでしょう。その影響力ゆえに、検討すべき課題はたくさん出てくると予想します。以下では、ムーンショット目標1が解放しようとする制約(身体、脳、空間、時間)ごとに、想定される課題をいくつか挙げてみます。    

(1).身体の制約から解放された場合

  ①.なりすまし 前記図のコンサート会場で見られたように、CAを用いれば、誰でも容姿を自由に変えることができます。年齢、体系、性別、そもそも人であるかも問いません。この身体的制約を解放することによる懸念の1つに、なりすましが挙げられます。現在、SNSアカウントに他人の肖像写真を無断で使用してその人を装い、又は他人のSNSアカウントをのっとる事件が発生しています。 こうした事態はCAにおいても、例えば、他人を無断で模倣したCAを使い、又はCAをハッキングするといった方法によって起こり得ます。特にCAのハッキングは、本人による各制約を解放する能力をも奪うものですので、これまで以上に被害の程度は大きくなることが予想されます。   どう対処すればよいでしょうか。 まず、事前抑止の観点からすると、例えば、CAの本人確認や複製を防止するといったセキュリティ基盤を整えておくことが考えられます。その口火を切ったのが凸版印刷です。今月、同社は、3Dアバターの本人証明ができるアバター生成管理基盤「AVATECT」を開発し、試験提供を始めると発表しました。リリースによると、同基盤には、アバターをNFT化することによる唯一性の証明や、アバターに電子透かしを付与することによる真贋判定など、アバターの不正利用やなりすましを防止する機能が備わっています(下図)。  

TOPPAN INC.「AVATECT™」概要

    このようなプラットフォームでCAを管理し、本人確認された人物のみに使用を認めることができれば、なりすましの危険は低減されそうです。 では、なりすましが起きてしまった場合、被害者は加害者に対して何ができるでしょうか。 例えば、CAにキャラクターを採用している場合は、そのキャラクターの著作権侵害(複製権や展示権、公衆送信権侵害など)を理由にCA利用の差止めや損害賠償を求めることが考えられます。他方、CAに自分の肖像を無断で使われた場合は、肖像権侵害を理由に同様の措置を求めることが考えられます(肖像の公開判断の方針を示したものとして、デジタルアーカイブ学会「肖像権ガイドライン」)。なお、犯人の発言や振る舞いによっては、名誉毀損、プライバシー権侵害などが成立する可能性もあります。 もっとも、これらのケースで共通して問題となるのは、それによって、「他人から見た自分」「他者に認識される自分」の同一性が損なわれることではないでしょうか。 真実を知らない方はそのCAの操作者と本人と思うわけですから、なりすましが行われると、本人以外の者の言動が本人によるものと勘違いされ、別の人格が構築されてしまう可能性があります。また、なりすまして行われた個々の言動は、いずれも本人とは別の人格を構築する材料になっているにも関わらず、必ずしも従来の理論では違法と認められない場合が想定されます。 それ故、昨今、この同一性を保持することを法的に保護する方法として「アイデンティティ権」が検討されています(一例として、インターネット上の誹謗中傷をめぐる法的問題に関する有識者検討会「第5回会議資料2」(24頁以降))。 具体的な定義は確立されていませんが、SNS上のなりすまし事案において、以下のように言及した裁判例があります。    

大阪地判平成28年2月8日・平27(ワ)10086号(判決文一部抜粋) 「…なりすまし行為によって本人以外の別人格が構築され,そのような別人格の言動が本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持つことにより,なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合には,名誉やプライバシー権とは別に,「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」という意味でのアイデンティティ権の侵害が問題となりうると解される。

    裁判所は、名誉やプライバシー権とは別の法益を観念されているようですが、必ずしも区別する必要はないと思います。また、アイデンティティ権の侵害が認められるためには、「平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けた」ことを条件としていますが、なりすましが行われると、本人のみならず、本人と誤解した方にも精神的苦痛や取引上の損害をもたらす可能性があります。このような行為に正当性が認められることは通常考え難いことから、原則として違法性を認めるという考え方もあるように思われます。アイデンティティ権を扱った裁判例は多くありませんが、CA社会ではこの権利の重要度が高まっていくのではないかと考えます。今後、当該権利の射程や侵害の判断基準などの議論が展開されていくことを期待します。   ②. CA依存 身体的制約の解放によるもう1つの懸念はCA依存です。すなわち、操作者がCAをやめられなくなることです。 現在、私たちはメイク(ネイルアート、ヘアメイク、ファッション、タトゥー、エステなど)を通じて自分の外見を変えています。その意味で私たちは、身体上の制約を解放しているといえそうです。ただ、CAはそれに留まりません。外見のみならず、身体能力なども自由に拡張することができます。 そのため、CAには過度の依存性が伴うことが予想されます。安易にCAの使用を認めることは、CAの作りこみに注視しすぎる人を増やし、彼らの生身の管理が疎かになる可能性があります。これでは、ギリシア神話に出てくる、泉の水面に映った自分に陶酔したナルキッソスのようになってしまいます。 こうした事態を防止するため、今後、CAの流通や使用を規制すべきといった意見がでてくるかもしれません。しかし、まずはCAの人の心身に与える影響や、その弊害の有無等を調査すべきと考えます。その上で、仮に何らかの弊害が想定されるとしても、今後のCAの普及や発展可能性を考えるならば、安全性を担保する品質保証や規格を標準化する等、なるべく非拘束的なアプローチを試みるべきではないかと思います。 なお、現在、依存性のあるものを規制する場合には、一切の使用等を禁止する(覚醒剤取締法、大麻取締法など)、流通事業者を免許制・許可制とする(酒税法、風営法など)、適切な使用に向けた努力義務を課す(香川県ネット・ゲーム依存症対策条例)といった方法がとられています。仮にCAを規制するとしても、補充性の原則からすれば、今述べた方法の後ろから検討することになるでしょう。

   

(2). 脳の制約から解放された場合

  ①. CAと接する人のプライバシー 五感の情報は、脳の感覚野という部分で受容され、感覚として認識されます。この知覚機能は、CAによって拡張することができるとされています。例えば、CAに高精度のカメラを導入すれば、視力を拡張することができます。赤外線カメラや顕微鏡を採用すれば、人には見えないものも見えるようになるそうです。これは聴覚や嗅覚などにもあてはまります。 では、こうしたCAの使用を無制限に認めて良いでしょうか。これはCAに限らずICT全体に言えることですが、電車内で操作しているスマホ画面、遠くで話している人の会話など、あらゆる情報の取得を認めては、私たちの秘密やプライバシーが守られなくなってしまいます。 そうすると、前記「CA依存」と同様に、CAの能力に一定の制限を設けるべきといった意見がでてくることが予想されます。中には、AI・ロボットの時と同じく軍事転用のリスクを主張する方がでてくるかもしれません。 しかし、空論に基づく規制は避けるべきです。 やはりまずは、当時の技術水準において、どの程度CAを拡張することができるのか、またその拡張されたCAにはどのような危険が潜んでいるのか等を分析すべきと考えます。仮にCAに一定の危険があることが判明した場合でも、その程度如何によっては、例えば、CAの能力をCAと接する人に対して開示する等、CAの透明性を確保しておくことで、危険の現実化を予防するといった方策も検討に値するように思われます。   ②. CAの操作者のプライバシー 秘密やプライバシーを守ることは重要ですが、CAの操作者が誰であるかが分からないと不安になることもあります。例えば、医師や警察など一定の資格や身分を必要とする業務を、CAを通じて行うことを可能とする場合、CA自体に相応の能力が備わっていたとしても、そのCAの操作者の人間性や能力にも信頼がおかれることがあると思うからです。それ故、一定の場合にはCAに対してその操作者が誰であるかを証明させる制度を検討することも必要と考えます。これは前記「なりすまし」を防止することにもつながります。 そうであるならば、いっそCAの操作者をいつでも確認できるようにしておけばよいのでは、と思うかもしれませんがそうとも言い切れないと思います。私たちは、常に自分が誰であるかを明かして生活しているわけではありません。コンビニで買い物をする時に自分の名前は述べません。店員さんも(時々名札を付けている方もいますが)そのようなことが多いと思います。私たちは、緩い匿名社会で生きているのです。この慣行は、素性を明かさない芸能人などにとっては特に重要です。このことは裁判例からも伺えます。 VTuberの顔写真が無断で電子掲示板に投稿された事案において、裁判所は、以下のように述べてプライバシー権侵害を認めています(なお、Vtuberが用いる3DアバターもCAの1つです。)。CAの操作者が誰であるかは、プライバシー権によって保護され得ることに留意が必要です。    

東京地判令和3年6月8日令3(ワ)3937号(判決文一部抜粋、下線筆者追記) 「そもそも着ぐるみや仮面・覆面を用いて実際の顔を晒すことなく芸能活動をする者もいるところ、これと似通った活動を行うVチューバーにおいても、そのVチューバーとしてのキャラクターのイメージを守るために実際の顔や個人情報を晒さないという芸能戦略はあり得るところであるから、原告にとって、本件画像が一般人に対し公開を欲しないであろう事柄であったことは十分に首肯できる。

    「後編」では、空間・時間の制約からの解放、サイボーグ技術について言及します。 <続きはこちらから> https://www.kottolaw.com/column/220228-2.html

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